経営

経営の視点-044

◇ホントに八方塞なのか◇

昨今、景気は低迷し先行きの見通しもハッキリしない。こういう時は原理原則に立ち返ることが必要である。道に迷った時慌てず騒がず現状を振り返り、モノの本質を見直すことが必要なのである。三省の教えを引き合いに出すまでもない。来し方とこれからの行く末を冷静に見つめなければならない。此れは別に難しいことではない。ものごとを感情でではなく科学的に分析してみれば自ずと見えて来るものはある。

 経営というのはそもそも人の役に立つことをすることが根源なのである。昨今の経営環境では日常茶飯事のように次々と問題が起こる。原油の高騰などはその典型である。それに今年は例年になく暑い夏である。食料の高騰もある。考えるだけでも厭になって来るのはまあ人情としては分かる。

 しかし考えても見よ、そういうような人を不快にさせる問題があるからこそ経営は成り立つのである。何も問題が無く欲望の赴くままに皆が快適に暮らしていけるようになればもう其処にビジネスのチャンスは無い。

 時代の変化、これは数々の経営上の障害として出現するのであるが、を真っ向から捉えこれこそ商売のネタなのだと受け入れる度量がないとこれからの経営は叶わない。顔を上げ、顎を引き、前を見詰めることが不可欠である。

 例えば、エアコンの設置を炎天下の中で作業することを暑くてやってられないよ、などとぼやく電気屋の社員がいたが此れなどは未熟者としか言いようがない。暑くて叶わないからこそ人はエアコンを設置しようとするのだということをつい忘れてしまっている。暑ければ暑いほど商売が繁盛するのだと喜ぶようにならなければいけない。

暑い夏は米の豊作を齎してくれることも忘れてはならない。米の豊作は食糧危機を回避する決め手になるかもしれない。

 問題は多ければ多いほど商売は繁盛するのである。このことを経営者は一時も忘れるべきではない。

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経営の視点-043

→ 経営の原理原則

―経営の基本姿勢

  常に新しいことに挑戦し、先へ先へと進む

どんな状況下でも成長する

経営環境に文句は言えない、自らが変化対応するのみ

どんな経営課題でも必ず解決できる、心掛け次第

付加価値生産性の向上は不可欠にして永遠の課題

―やるべきことの決断と実行

今置かれている状況を共有する

―誰がやるか、何処までやるか

  全てトップが実行する

  部下は指示に従ってサポートするのみ

―優先順位を決定する

  優先順位が付けられないのは経営能力の欠如

→ コミットメント

―基準(フラッグ)を掲げる

  上から下まで目標やメヤスとなるものを明示

  関係者との約束ごと、約束を守ることは信用の第一歩

―権限の範囲を決める

  自分が主体でする業務を明確化

―責任の取り方を決める

  結果と責任/処遇を予め提示

―全て数値化する

  数値化しないものフラッグにはならない

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経営の視点-042

今年(2008)の課題・・

(景気の動向)

―米国景気の余波

  サブプライムローン問題→信用収縮→景気後退・・FOMC利下げ、景気施策、大統領選

→中国他BRICsの対米輸出が収縮→世界景気スローダウンへ

―日本経済

 頼みの輸出型大規模製造業に暗雲→円高、対米輸出、対中ビジネス減少

  →設備投資が縮小、国内景気が減速・・海外投資が離反

―国内政治の混乱

 成長重視(構造改革)から格差是正等の分配重視(社会福祉)へ

  →グローバル化に反し内向きの政策、国際的資本主義に即応していない

  →バラマキ、官主導の大きな政府→財政負担増加・・平等と公平の混同

―経営環境

 国内型企業である中小企業は原油高(資源エネルギー)→コスト上昇、賃金停滞

→消費減退・・改正建築基準法、金融取引法、貸し金業法、食品管理法

→政府/日銀の政策不備→日本経済の出遅れ→格差拡大

・・大企業の利益も付加価値以上には賃金に転化出来ない(国際水準に準拠)

(これからの経営課題)

―国際化・・ワンワールドの波に翻弄→日本の国力衰退(政治経済の弱体化)

→国際化は資本、マーケット、賃金にも・・政府外交との連携

→中小企業も浜名湖から遠州灘へ・・今切れが拡大し、魚類の生態系に変化

―少子高齢化

 日本経済の規模縮小・・海外展開(中小企業には難しい)や資本、人材の受入れ

 →国内マーケットの縮小・・人当り生産性は増加するも人口減で総生産は減少

 →人材の確保(派遣、高齢者、外人も)

―環境/資源エネルギー

 →国際的課題・・CO2、温暖化、大気汚染に国境無し・・ロシア、中国にその気無し

 →省エネ・省資源対策(コストアップ・・資金、技術等の無い中小企業には足枷)

 →原油、穀物等の国際価格上昇・・国家安全保障→外交問題

(2008年の企業課題解決へ)

嘗て経験したことの無い局面には嘗て実施したことの無い処方箋(決断と実行)が必要

 →生き残ることだけを考える

勝つためには体質を強化(進化)すること・・それには競争(切磋琢磨)原理の導入あるのみ

   ・・競争は世界的なスケールで而もかなりのスピードで進行中

  →今は競争とそれに伴う格差の良し悪しを言っている場合ではない

・・受験生に受験競争の良し悪しを言っても始まらない

時代の変化には逆らうものではなく、沿うもの

 →企業にとって市場(売れ行き、価格)の変化が時代の変化(要請)

自分は座っていて他人にああしろこうしろは通用しない

→リーダーシップ・・自助努力、自立

→仕事=力(能力) × 移動距離(行動)

運動エネルギー=質量 × 速度2

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経営の視点-041

■来年こそ少しはマシになる?■

 今年も愈々大詰めに来た。世の中は原油の高騰、格差、年金・・中々喧しい。テレビを見れば矢鱈とバライティばかりが幅を利かせている。今年ほど国民皆が他人依存を主張する年は無かったように見える。と言うよりは此れが時代の変化なのであろう。無責任、自助努力の欠如は見るに耐えない。

 ガソリンが高騰したという。価格というのは本来需要と供給によって決まるのである。高ければ買わなければ良いのである。需要が減少すれば価格は下がる。自家用車を止めて公共交通機関を利用すれば良いし、石油ストーブを止めて薪を使えば良い。

 何時の間にか日本人、特に都市に住む住人は知恵を出さなくなった。出なくなったと言える。もっと地に根を張ったサバイバル精神を持たないとこれからの生活は益々厳しくなるばかりである。

 原油の上がるのも国内景気が捗々しくないのも、格差が開くのさえも時代の要請なのである。政治でも経済でもどうすることも出来ないのである。大きな流れには逆らっても空しいばかりである。流れに上手く乗ることに知恵を絞るほうが利巧というものである。

 年金問題などはどう考えても上手く機能するはずが無い。原理的に無理な仕組みなのである。その内政権が変わればまた訳が分からなくなるのが落ちである。そんなことを考えるよりも自分の生活は自分で工夫し、節約し、何によらず自分で出来ることは自分でする心掛けを持つことが不可欠なのである。他人には頼らない。自立こそがこれからの時代に生きる基本である。

 来年は一層格差が拡がる。日本が社会主義国でないとすれば企業間、地域間、年代間・・等の競争は益々激化し、格差は拡がって行くのが道理である。一握りの社会的、身体的ハンディのある人たちを除けば誰もが競争に飛び込み、頼りになるのは自分だけという社会になる。

 税金が安く社会保障が充実した国になるためには成長重視しかない。分配論ばかりのバラマキ政策では泥舟に乗ったも同然である。成長重視というのは競争を促進し、格差の開く社会でもあるがまたチャンスの多い社会でもあるのである。

 残念ながら今のところ福田政権に期待は出来ない。見方によれば日本国民は可哀そうな国民でもある。

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経営の視点-040

■規制緩和、成長重視■

 我々の経営活動は何時も経済原則の下で行われる。根幹にあるものを片時も忘れてはならない。それは何か。・・少なくとも二つある。

 一つは「価格は需要と供給のバランスの下で決まる」こと

 も一つは「資金は投資効率の良いところに流れる」ことである。

これ等の原則に逆らう行政の規制や業者間のルール決めは結局生き残りを危うくさせるだけである。

 現下に起こっている原油高による企業経営の苦しさや自由競争による格差問題は当然起こりうる課題であって無理やり政府が手を出すことは大きな政府を作ることになる(税金を高くする)だけである。お互いに競争してこそ進歩がある。

 行政が手を出すとすればハンディを持った人たちに限るべきで、努力を怠っている声の大きな業界に対しては全く必要はない。にも拘らず政治家や官僚は自分の損得だけで仕切ろうとするのは困ったことである。

 中小企業、地方、国内産業・・はもっと自助努力をしなければならない。時代は変わったのだ。自分だけは変わりたくない、は通用するはずがない。未だにそれが分かっていない人たちが余りにも多い。これからの日本経済が国際化の中で停滞しはしないかと心配でならない。

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経営の視点-039

■鎖国のDNA■

 日本は資本主義自由経済をそのまま受け入れることに抵抗感がある国民といえる。しかしそうは言っても日本は貿易国、得意先は海外である。顧客や国際的な競争相手国を無視してわが道を行くわけには行かない。

 ローカルルールは通用しない。門戸を広く開けることによってのみ成長出来るのである。競争、従って変化を恐れないことが企業の生き抜く力となる。その速度は勿論のこと範囲においても拡大が急である。時間的、空間的拡がりが変化の速さであり国際化である。

 世界的な規模ではスピードの速い国に引っ張られる。変化も大きく変化する国にリードされる。何処の業界もこの洗礼は受けざるを得ない。この辺を考えると中国やインドの成長は米国の富に変わって台頭してくるであろうことは容易に想像がつく。中国やインドは一国でイスラム圏人口やキリスト教圏人口を上回るのである。

 人間の欲・・顧客の動向には常に目を光らせて他人より少しでも早く動き始めないとこれからの出番は無い。中小企業でも競争条件レベルは大企業に劣らない時代になった。

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経営の視点-038

■侍は何処へ■

 世の中の仕組みが少し不可解になって来ている。可笑しなことを何とも思わない風潮である。上に立つ者のミスや失敗が湧き出ている。従来は蓋をされたまま闇の中に葬り去られていったことも今は表面化する。告発は悪いことではない。

 只問題は責任を取らなくても済んでしまうことである。謝罪し、減給すれば大体のことは忘れ去られる。一時の恥で全ては過去のものとなる。

 こういうやり方は一見して事が済んだように見えるが実は社員や消費者にとって次第にものの考え方を歪めて行く。いつかきっとしっぺ返しを喰らう。そして再起不能に陥ることになる。

 今の世の中無責任、非責任が多過ぎる。何かあっても次々と出てくる不祥事に直ぐ忘れ去ってしまう。そのくせ何かあれば他人のせいに出来ないかと考える。自助努力、自己責任は避けて通りたいというのである。甘い他人依存体質はグローバル化の中で狡すっからく生きようとする者を許さない。

◆変化は進化◆

継続は力なり・・などという。継続すると云うことは同じことを繰り返すということを意味しない。何時も置かれた環境の変化を捉え相応しい対応を取るべく変革するのである。こうでなければ継続は出来ない。生き物の世界だってそうである。ビジネスモデルは常に進化させなければならない。

上場企業でも広範囲に提携、合併が行われている。大企業とてそれだけ競走に曝されているということである。電機、金融を始め小売に至るまで枚挙に暇がない。

中小企業はそこまでは行けていない。行かなければならないのに先延ばしするのみである。そして何時か潰れるのを待つのである。

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経営の視点-037

■競争は不可欠■

 久しぶりに全国規模のテストが行われたという。日本全国の中3、小6の国語と数学である。大いに結構である。こんなことは止めるべきだという輩がいるそうである。色々な意見があって良いのは当然であるが彼等は少しピントがズレている。

 若いころから世の中は競争なのだと知らしめることほど重要なことはないのだ。お互いに切磋琢磨し努力することは将来も欠かせない。こういうことを小中時代に教えることそこが教育なのである。

ただし、敗者若しくはついて行けない者へのケアは具にしなければならない。そして

再チャレンジのチャンスも与え常に上を目指して行ける環境は作る努力が必要である。この繰り返しの中で各自は自分の行く道を探りながら成長するのである。

 考える力が落ちているということらしいがそれは当然で、今の世の中情報が溢れ放っておいても次々に飛び込んでくる。与えられることに慣れ切ってしまえば自ら造る力が衰えるのは自明の理ではないか。

 ◆社員もこれに同じ◆

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経営の視点-036

(格差は必要)

 格差解消は簡単なものではない。やろうとすると必ず副作用が出るからである。セーフティネットだと割り切れる範囲なら良いがそれでは済まなくなる。現代人は誰でも体を動かす前に口を動かす。矢鱈と自己主張する世の中である。

 競争して負けたから面倒見て欲しい、面倒見てくれるのが当然ではないか、などと平気で言う。虫が良過ぎる。勝者の血の滲むような努力を考慮しない。負けた代償は払ってもらわなければ済まないのである。

 自分はこれだけの代償を払い、今後こういうことをして再起を図りたいから何かと支援して欲しい、というのが本道である。

 出る要求の何もかも受けていたら幾ら税金を使っても解決しない。更に本質的な間違いは、人は誰も努力しないで要求することに専念するようになる。その結果国際競争に敗れ人口の減少とも相俟って衰退の道を歩むのである。

 これに対処する唯一の方法はフリー、フェアー、オープンしかない。堂々と同じ条件下で競争し、結果を素直に受け入れ再び努力する。この繰り返しが常識である国にならないといけない。これに徹すれば漢方薬のように確実にジワジワと効いてくる。

(スポーツの観戦)

 サッカー、野球、ゴルフがこのところ良く報道される。存外面白くない試合が多い。何故か。

 選手自身が、試合を楽しみたい、などというのだけは願い下げにして欲しい。プレーする本人が楽しみでやる試合など見る気はしない。代価を払って見る価値のある試合とは必死でやっている姿なのである。勘違いも甚だしい。

 経営だって死に物狂いでやって潰れた企業は聞いたことがない。苦しくても必死でやっていると必ず誰かが助けに来るものだ。

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経営の視点-035

(鍛錬は日常から)

 今の世の中を嘗ての枠組みで考えていたのでは前に進めなくなって来た。顧客の欲求に素直に応えて行かないと満足してもらえない。小売の現場では顧客の持つ欲求に従って行動目的ごとに品揃えをするという。括り方が従来の要素ごと(これは供給者の論理ではあるが)に揃えるのではなく目的ごとへと変化させて顧客の欲求を満たそうとするのである。

 今までは衣服は衣料品、靴は靴、バッグはバッグという風に要素ごとに買い物をしたが今は使用(行動)目的ごとに品揃えをして顧客に使い方まで提案するというのである。小売に限らず世の中の仕組みは皆そういう傾向があって全ては顧客に媚びるような仕組みになって来た。

 今までは自分で個別にものを買い、目的によって自ら使い方を考えて来た。小売に限らず今は顧客のために供給側がそのお膳立てをしてくれる。それによって供給側も付加価値が高まる。皆ハッピーというわけである。

 この結果買う側(需要)は楽に目的を達成出来るようにはなった。しかしその結果欲求ばかりを主張し、他人に依存する快さに味をしめてしまった。

 顧客(人)は次第に何もかも他人に依存するようになり、欲求を主張するようになって自立出来なくなって行っている。

金があればこれは継続出来る。しかし無ければ躓く。そして何とかして金を手に入れようとする。金を手に入れる手段に対しては余り思考が働かない。安易に手に入れようとする余り犯罪も起きることになる。

 自立と共生に言う自立は先ず他人に頼らない、やろうと思えば何でも自分で出来る状態にしておくことが肝心である。自分だけではなく社員も然りである。

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経営のカンどころ-034

(他人は泥棒よ)

 昨今何事にも法律を持ち出す世の中になった。法治国家であれば当然ではある。国際化が進んで来れば尚更である。それは良い。しかし急激に入り込むことで日本古来の道徳心は失われる。法律以前に公徳心を基盤とした決まりがあるにも拘らずそれは自己中心的に解釈されるのみである。今回の参院選でこのことは全く触れられていない。

 日本は歴史的にも海を国境にした島国であり民族、宗教においても欧米とは異なる。法律を楯にした行動は不慣れである。法律は無くて済むなら無いほうが進んでいるのである。

 急激な国際的フラット化で戸惑う間隙を縫って悪い奴が横行する。道徳的には反するが法律違反にはならないとか法律が未整備な部分とかを突いて悪いことをする。見つからないように法規制の穴を突く。これによってまだ安易に儲けられる方法があると考えている。自己中心主義ではあるが罰することは難しい。

 仮に見つかっても恥も外聞も無く謝れば済む。どうせ直ぐ忘れ去られる。殆どの人は一ヶ月前の事件は眼中に無い。次々に起こる事件を追いかけるのが精一杯である。

 こういう状況が暫く続く。被害を受けないようにするには自分のことは自分で確かめて避ける算段をする以外ない。他人は信用できない。特に企業経営では性悪説が基本である。振り返って自分を見ても、他人の見えないところでは決まりをシッカリ守ることは容易ではない。これ位なら・・とズルを決め込むのが人間の本性である。

 地震時の東京電力の対応、村上ファンドとそれに連なる人たち、大臣の失言、そして基盤には年金問題と来ている。もうなにがなんだか訳が分からない。自分さえ良けりゃどうでも良いことよ、となる。嗚呼。

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経営のカンどころ-032

(競争と変化)

 日本の経済活動の基本原則は自由競争である。小泉/竹中政権以来特にその傾向が強くなった。これは地球規模の国際競争が激しくなったことを考えると当然かもしれない。

 競争は変化を促進する。変化こそが時代に対応することである。競争が無ければ変化する必要には迫られない。誰でも変化はしたくない。出来ればズット今の儘でありたいとするのが本当のところである。変化しないことほど安穏なことはない。しかしそれは時代に取り残されることを意味する。競争があり、だから変化し、その結果進歩する。

 変化することによって新しいものが生まれる。現状のままでは耐えられなくなった時変化を余儀なくされる。この時コトを先延ばししたりその場鎬で誤魔化したりすると組織は何時の間にか形骸化する。

 新しい変化は新しい問題の発生に始まる。変化するという行動から思わぬビジネスチャンスが来る。問題が発生することは一面喜ばしいことである。変化を促進するからだ。ピンチはチャンスというのはこういう場合を言う。

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経営のカンどころ-031

(風向きはどちら)

 皐月の風は心地良い。しかし何時の世でも風向きは絶えず変わる。この風に上手く乗ることはビジネスにおいては重要なことである。上手く乗ることが出来ても一旦風に乗ってしまうと風向きの変わることに余り関心を示さなくなる。これが迷走の始まり。フォローの時とアゲインストの時があることを屡忘れる。ゴルファーのようにいつも風を気にしながらビジネスをプレーしなければいけない。

 風向きは人の心の中にもある。自然の風が季節や日により、或いは時間によっても変化するように人心も世相も変化する。これを弁えて上手く利用して行かなければならない。これは経営においても株式投資においても不可欠なことである。

風見鶏を軽薄なと侮ってはならない。風は人の力ではどうにもならないもの。だからこそ逆らうのではなく上手く利用することを考えるのがビジネス界を渡る処世術の基本なのである。

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経営のカンどころ-030

(世相を眺める)

 新しい商業施設が次々に出来ている。特に首都圏や地方中核都市に集積して居る。しかし、そのどれにも見て楽しいものはあるが欲しいものが無い。暇を持て余した若い女性やオバさん連中だけが騒いでいるだけである。それは先刻承知していることなのであろうがリタイアしたオジさん達はそんな風景に辟易している。日本の社会はもうこれ以上欲しいものが無くなっている。有ったとしても金を出して求める気はしない。只でも要らない。

 さあこれからのマーケッティングをどうする。これからは意外にも不便さを売り物にする商品が受けそうだ。便利さには飽き飽きした。便利さにはリスクが付いて廻る。半分耄碌したリタイア組みにはリスク管理は無理な話だ。だから少々の不便さは厭わない。兎に角適度に頭と体を動かし、昔ながらの不便だけれどもストレスの無い安全な生活がしたいのだ。

 禍福は糾える縄の如しという。近頃矢鱈と食い物の番組が多いが、味に五月蝿い粋人は味が堪能出来ても一面不幸である。寧ろ味に鈍感で何を食べても美味しく食べられる不粋人こそ幸福なのかもしれない。これは金もかからない。

 企業経営においても見方を変えると違った結論を得られることは良くある。弱点や不運を嘆く必要は無い。工夫が足りないことを反省したい。

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経営のカンどころ-029

(経営の視点)

 今年度の経営課題は少子高齢化、環境エネルギー、グローバル化に如何対応して行くかであるという。それは大企業中小企業を問わず大凡知れ渡っている。確かに周りを見るとその傾向はありありと現れている。しかし認識はしていても中々対応は出来ていない。面白いことに時代の変化を年輩の社員は戦々恐々と見ているのに対し若い人には恐れが無い。

ベテラン社員にとってそれは如何にも能天気に見えるが、変化の激しい世の中だからこそ何も無い若い人が活躍する。なまじっか知識や経験があると変化が怖くて手が出ない。知らないからこそ何でも出来る。幾ら若い社員の仕事ぶりが覚束ないものであっても彼らには疲れを知らない行動力がある。

 時代の変化を乗り切るには変化に物怖じしない、或いは変化を変化と感じない無垢のパワーに頼らざるを得ないのである。このところの新卒者の売り手市場現象もこの辺を企業が感じているためである。

 生きの良さが売り物の若い人たちに比べると定年延長の雇用者は本当のところ大した戦力にならない、と考えているのが企業の本音である。

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経営のカンどころ-028

(経営の視点)

 中小企業の経営では指示・命令するのは経営者一人で充分である。あとの社員は体を動かすことに重点を置くことが大切である。考えているだけでは利益は出ない。利益は行動することによってのみ実現化する。

 今時の中小企業は攻める気持ちで行動することが最も重要である。マーケットの変化、先行きの不透明、競争激化・・・数え上げれば限が無い。このような状況下においては守ることは衰退と同義語である。

 情報収集や講釈、会議、打ち合わせはもういい。決めたことを皆で思い切って実行する。変化することを恐れずに行動することが中小企業の生き残りの唯一の方法である。

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経営のカンどころ-027

(経営の視点)

 最近不祥事の報道されない日は無い。政治、経済、スポーツ・・。何処も彼処も不祥事だらけである。暫くすれば過去のことを思い出しもしなくなる。不祥事の責任もじっとしているうちに問われなくなる。安易な社会、考えてみると危険なことである。日本社会に昔からあったムラ社会のシステムが崩壊した。社会のパラダイム変化が時間をかけて進行していく過程である。他人は信用できないということを自覚したい。

 今の世の中には詐欺と見紛うことが溢れている。占い、新興宗教、如何わしい講演会、催事・・である。全て人を欺くものである。そもそも情報というのは須らく騙しの要因を含んでいる。科学的な裏づけのなされていないもの、事実関係がハッキリしていないものは全て紛い物なのである。それを信じようと信じまいと本人が自覚してのことなら勝手であるがそうでないことのほうが多い。

 もっと自分で生きることを身に付けないと企業経営も知らず知らずの内に他人任せになるのである。便利な世の中になればなる程経営者個人の力が問われるのである。日常から自分のことは自分でする、便利であっても他人に依存することは極力避ける心掛けがイザという勝負時に生きてくる。

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経営のカンどころ-026

(経営の視点)

 統一地方選の宣伝車が喧しい。選挙も愈々明日である。しかし余り関心が無い。候補者と知り合いでもなければ普段顔を合わせるでもない。要するに如何でも良いことだ。投票率の低いのは当然である。

 言っていることが理解し難い。第一格差とか福祉とかがどんなもので何故今それが問題になるのかが不可解なのである。何故格差が出て来ているのか、格差があっては何故いけないのか。何も分かっていない。恐らく云っている政治家自身が理解できていないのだろう。選挙に勝つためだけの叫びで当選してしまえばどうなろうと何とでも理屈が付くということである。如何にも政治が軽くなったのである。

 企業でも同じであるが大切なのは公平な競争である。予め決められたルールの下でする競争の結果出た格差であれば参加した者は何人も受け入れなければならない。図らずも満足の行く結果が得られなかったとすればそれは自らの努力が足りなかったと反省する潔さが必要である。此処に再チャレンジの意義がある。

 もう一つ、福祉・・・社会福祉にはカネがかかる。この原資は一体何処から出てくるのであろうか。云うまでも無く日々の経済活動からである。世界をまたに駆けて活動している企業が支えて呉れていることを忘れてはならない。

 こんな風に考えてくると選挙結果が楽しみになる。投票だけは行こうかという気にもなって来る。

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経営のカンどころ-025

(経営の視点)

 コミュニケーションは言葉や文章でだけするものではない。現実の行動こそが重要である。仕事のできる社員は言葉よりも行動を重視する。経営者のみならず政治家や評論家の言うことも彼等にとっては路傍に遊ぶ子供たちの言うことと大して違わない。聞く者の姿勢(例えば精神状態、思索、知恵、経験・・)によって大きな違いが出るのだ。受け入れる側の必要性とタイミングを上手く測らないと幾ら弁舌を振るっても何の役にも立たない。

 変化の速さや新しい情報に押されて前に出ることを躊躇ったり逃避したりする経営者が少なくない。規制(コンプライアンス等)やコストダウンに力を入れても中小企業は成長しない。攻撃、すなわち売り上げを伸ばすことは精神的には厳しいが成長を支えるには此れしかないのである。

 後ろ向きのことをするのは精神的には至極楽なことであるが間違いなく成長は止まる。小さな会社は大きくなることを諦めては何の存在価値も無い。自営でこじんまりやりたいというなら、それはそれで良い。

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経営のカンどころ-024

(経営の視点)

 最近の話題に桜の開花宣言というのがある。開花が未だだとか、遅れているがあと少しだとか喧しい。少数の関係者を除いては殆ど如何でも良いことである。何故こんなにしつこくマスメディアが取り上げるのか不可解である。それだけ世の中が平和であるということであろうか。格差などは殆どの市民にとってはそれこそ他人事なのかもしれない。

 考えてみれば桜の開花などは自分の身辺の桜が咲けばそれで分かるし、開花したと言われても近くにある桜が蕾であれば開花ではないのである。桜の花が咲いたことまでお上に云われないと感じられないというのはボケ人間である。少なくとも経営者としては失格である。

 自分で季節の変化を感じ、未来を予見し、先へ先へと手を打っていかなければならない経営者にとって近頃の