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October 12, 2018

独言閑話(六)-190

 

見たくない相場が終了するのか・・

 この所の株価を真面に見ていると些かの疲れ若しくは違和感がある。時代によって株式投資の考え方も変化することは当然であろうが昨今はその変化が激しいような気がする。付いて行けないコトが多々ある。愈々年貢の納め時かとも思うが、それでは長年して来たことの価値が失われるような気がして儘ならない。もう一儲けしないことには気分的に納まらない気もする。

 

 今日の株価は昨日あれだけ下げたのであるから当然と云えば言えるが思いの外下落幅が少ない。一体米国を始めこの下落局面は何が原因なのであろう勝ち御考えるのだが何時ものコトで何が何だか・・と云うことになる。別に何時ものコトで原因が分からなくても仕方が無いのだが、昨日の下げが大きかっただけにこれから出て来る業績次第ではもうひと上げありそうな気もしないではない。

 

 後場に入って少し安定して来た気もするが何にしても上昇下落の激しさばかりが目に付いて此れは正常な企業活動を反映しているとはとても思えない。矢張り株価はその時の投資家の気分で動くモノだということを知らしめられるばかりである。

 米国の事情はトランプさんの発言もあり何時何が起きるのかが知れない。此処は素直に業績、経済成長などを見ながら大人しくしている他は無さそうである。

 

 何れにしても今週は波乱の相場であったが米国の中間選挙までは何が出て来るかが知れない。大人しくしている気の無い向きは一勝負の時であるかもしれない。先行きが何とも不明な時こそ大きく儲けるチャンスなのだと言えないこともない。

 要するにそれだけの勝負をしてみたいと思えば或いは今こそその良いチャンスであるとも言える。意外な結果が予想される時こそが少数の投資家幾分大きく儲けられる時でもあろう。

 

株愛好家の人生訓

 株価は何時も乍ら大方投資家の気分次第であることは承知できるが、時としてその動きの幼稚さが際立つ時もある。とは言っても市場の行く方向が市場の勢いであるとすれば憚りながらそれに付いて行くことも時として必要になる。これは若しかしたら間違いではないかと思われる時でも撤退の用意を怠り無くした後に流れに付いて行くコトが儲けに繋がることは珍しくない。何にしても株式投資は一筋縄では行かないものと知ることも投資家には不可欠なことなのである。

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