続・経営ゴコロ-019

情報の渦に嵌まると出られない

 急激な寒波で大きな被害が出ている様子である。地震、豪雨など災害には事欠かない。しかし同じような被害が繰り返される。性懲りもないというべきなのか自然と云うものは斯くも怖いモノであるというべきかが庶民には分からない。起きた時如何するべきかを日頃から考えておけとしか言いようがない。

 東京大学筋から4年以内に大地震が起きる可能性が70%であると云った舌の根も乾かない内に今度は京都大学から5年以内に起きる可能性が28%であるということを言い出した。庶民には如何したものかと考え込むのである。当たり前だが考えても回答は見つからない。飛んだお騒がせである。確かに間違ったことを云っているのではないらしいが国民はそんな情報を聞きたいのではない。もう少し聞くヒトの身になって情報を流せ、と言いたい。

 近頃この手の馬鹿げた議論が多い。放射能汚染の心配は無いからガレキを受け入れよう、と言う市町村があるやに聞いている。確かに科学的に見ればそうなのかもしれない。しかし市町村民は生身の人間である。万に一つでも間違いました、では困るのである。行政など元々基信用していない。今の世の中はそう云う時代なのである。風評が発生すれば汚染があったも同然なのである。科学的な根拠は必ずしも必要としない。気持ちの問題が大きい時世なのである。

 常識が先に走るので研究、学問がそれに追いついて行けない。庶民感覚も情報化が極まっている現代では急速に変化する。今時は専門家ほど当てにならないモノは無いのである。専門家と称する人たちはコトの渦中に巻き込まれて庶民の常識から逸脱していることが多い。不都合にも彼ら自身其れに気付いていない。ただ只管に思い違いのプライドを振り回しているのである。最近目に見えて滑稽な現象は専門家の的外れな言動である。怖いことに経営者にもこの手合いが居ることだ。ただ民間経営の場合には業績になって表れ責任を取らされる。専門家、学者、公務員にはこれが無い。

 九電のやらせ、東電の一方的な値上げ発表、八ッ場ダムの天下り、沖縄防衛局長の言動・・など、本人たちは然程悪いこととは思っていない筈である。時代感覚のズレである。庶民の何よりの強みは国を動かす主体であると云うこと。素人の平衡感覚は今最も必要なことなのである。これに外れるモノは如何なるものでも排除されるべきである。

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続・経営ゴコロ-018

マグマは溜り込んだ

 毎日何かしらの馬鹿げたニュースには事欠かない。真ともに考えると怒りが出てくるので其処はみんな勝手にやれば良いじゃん、と割り切って考えることにしている。気楽である。

 九州電力の社長が政治家のパーティー券を引き続き購入すると発言している。程無く止める社長が先のことを云う資格は無いのにである。東京電力の一方的な料金値上げも経産大臣の不評を買っている。一般の国民から見れば当然のことが彼らには出来ていない。聖域に生きて来た人間と云うものは斯くも哀れな非常識人になってしまうものだと呆れるばかりである。一つ所に長く居ると云うことは本来常識のある人をも中毒状況に陥らせるのである。これこそが怖い。

 いくら人事異動をしたとしても同じような環境下の企業では効果は無いという典型である。対顧客でトコトン苦労させられた経験の無い経営者ほど能天気な人はいない、経営者はこれを他山の石としなければならない。

 経産大臣もこのところ国民の意識を良く読めるようになった。嘗て官房長官であった頃のことを思えば様変わりである。想定外、直ちには・・、で鳴らした馬鹿大臣とは似ても似つかない。やはり地位、環境は人を変える効果もあるようだ。今時電力会社の肩を持つ経営者、国民は居ない。この際是非とも電力の自由化、送配分離を実現して貰いたいものだ。

 昨今の民主党政権のする政治は何一つ真ともなモノが無い。こういう政権を作ったのは国民自身であるが国民の方も誰も自分の責任とは思っていない。皆無責任で他人に転嫁するばかりなのである。これは日本が平和である証拠なのだ。戦時下ならこれほど悠長なことは言って居られない筈だ。

 年金試算の中身を公表しないことに決めたそうであるがこんなことが通る筈は無い。今時は何でも公開が原則である。況してや国民の最も関心のある年金、そしてその負担に係ることであれば余計に細かく理解してもらわなければならないはずであろう。それを隠そうとする魂胆が理解出来ない。愈々ドジョウも焼け糞になって来たようである。焼け糞多いに結構、そして解散総選挙と来れば国民も今度こそは慎重に政治家を選ぼうとする筈である。何回も失敗し、その揚句に国民の政治家を見る目が肥やされ民主主義の政治が進化して行く。今はその過渡期、焦らず納得の行くまで何回でも繰り返そう。島国の日本は民主主義が遅れていた。それを欧州並みにするには未だ時間がかかると云うことである。

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続・経営ゴコロ-017

煮え切らぬ日が続く

 寒い日が続く。今年は取り分け冷え込んでいるようだが予報ではそんなことは言っていなかったように思う。経済でもそうだが先のことは何も分からないのである。明日の天気は如何かと云うようなレベルでは当たりが多くなった。それを科学の進歩云うのかもしれない。世の中が複雑になって来たことに比べれば予測の力がそれに付いて行けなくなっている証なのであろう。

 さて今日の株価も予想はしていたが下げている。一頃の悲惨な状況に比べれば大分良くはなっているが株価の上昇と言えるには未だ相当な時間を要する。待つことには慣れたがヤル気もその分萎えた。何か変化があるとすれば衆院の解散総選挙しかないと見ている。余りにも拙い政治下では私企業が幾ら努力しようにも阻害要因が多過ぎるのである。国会討論を見ていてもよくも彼らは恥ずかしくないものだと呆れることが多い。出でよ破壊的なリーダー、と言いたいところである。新党出現は多いに結構である。卑しさが無く、美学を持った政治家が居なくなって久しい。

 半世紀後の人口予測が出ている。大方の、少なくとも高齢者にはトンとピンと来ない話だが八千何百万人になるという。予測は大切なことだが其れを云っても今の政治家には何ら為す術は無い。国民も話として聞く分には面白く聞くのであるが一体何をしろと云うのかは全く分からない。天体観測をするのは良いが目の前のドブに落ちないようにしろ、と云う類である。

 アッという間に1月は逝く。一月行く、二月逃げる、三月去るの月日が続く。それでも今の季節は人の心を引き締める。寒い分冷静になる。

 もう暫くで確定申告のシーズンである。昨年は完膚無きまでにやられた株式投資の清算をしなければならない。過去は戻らない、忘れるしかない、のであるが其処は生身の人間であるからして未練たっぷりに過去を思い起こすのである。失敗を二度と繰り返さないためにも反省は必要である、と云えば理に適っていると思いがちであるが、これが何の役にも立たないのが株式投資である。

 過去のこととはキッパリ未練を断つのが投資のコツである。賭けごともそうしたものである。切り替えは変化に対応するための必須条件であるがそれと未練との内面での葛藤が投資家の苦しさなのである。今年は何とかそれを乗り切りたいと毎年の如くに思う季節なのである。

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続・経営ゴコロ-016

暖かい部屋からは外に出たくない

 国会討論が始まったのだが意外に面白くない。行き違いの議論ばかりで二大政党の良さが少しも出ていない。消費税、社会保障一体改革は簡単に結論が出る話ではない。国民も期待はしていない。今の民主党政権では何も出来そうにないことを国民は見透かしているのである。だから国会討論も見る価値は無くなった。想定内のことばかりでは面白くないのである。

 そんな暇があったら(ニューズに拠れば)ロシアの外相が北方領土で強硬なことを云っていることを重視した方が良い。田中防衛大臣と云い玄葉外務大臣と云い揃いも揃って存在感が無い。日頃何をしているのか皆目見当もつかない。恐らく何も役に立つことはしていないと見ている。お飾りの人形のようなものだが其れにしては些か見栄えが悪いのである。

 自民党も、公明党もその他大勢も民主党が殆ど国民の信頼を得ていないと云うのに何等攻め手が無い様相である。これは国民の不甲斐無さでもあるのだが要するに国民の誰も文句を云わないことが根本的な問題である。云ったとしても行動に出ない。本来なら国民的なデモに発展するかと思われるほどの危機なのだがその認識は国民には無い。それだけ日本は平和で豊かなのである。震災に遭い、人知れぬ苦労をしている人が居るにも関わらず誰も暴動を起こさない。これは日本人の誇るべき資質なのであるが必ずしも政治に対して良い効果を齎さない。国民は不平をそれ程持っていないと高を括っているのである。云わば舐めているとも言える。だから政治家も鍛えられない、民主主義も育たない。

 今日の株価は気迷い気分が見て取れる。今後の景況を見かねているようだ。納まるところに何れ納まる、とは分かっているが中々思い切れない。米国経済は時間が少々かかっても上向きだし、アジアも近々に上昇することは殆ど自明の理である。欧州は如何ともし難い所が残っている。しかし何れにしても欧州こそは先進国の大先輩である。文化歴史の蓄積と統治のノウハウは身についていると感じている。庶民投資家はそんなことは彼らに任せておけば良いと見ている。考えてみれば欧州の経済について日本が何か出来ると云うものでもない。そんなことを考えるよりも日本経済をデフレ脱却、成長へと進めることの方が余程重要なのだ。其処の辺が幾ら言っても今の民主党の無知蒙昧には分かって貰えないところが歯痒いのである。下らない国会討論をしている暇があるのか、と言いたい。

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続・経営ゴコロ-015

快適な生活とは人それぞれ

 ニュースに拠るとドコモのトラブルでケイタイが繋がらなくなったという。回線容量を使用量が上回ったらしい。何れにしても顧客には相当の迷惑であったろうと思われる。しかし気の利いた使用者はこういうことも有りなむ、と予想していたに違いない。何ごとも全面的には信用出来ない世の中なのである。頼り切っていた人たちには相当の迷惑がかかったであろうがドコモ自体はスミマセンの一言でいとも簡単に片付ける。何の詫び料もないがこういうこと位は想定しておいて欲しいと思っているのであろう。何も知らずに一重に信頼し切っていた顧客は馬鹿を見ると云う寸法である。こういうことは何も珍しくないのが昨今の社会である。本来のお詫びする、責任を取る、という謂い方は最早死語になりつつある。震災後の政府の対応、東電の振る舞いはこの象徴なのである。

 世の中が複雑になると幾ら情報手段が発達したと云っても時代の変化はそれ以上に速い。仕組みが追いついて行けていないのである。だから益々分かり難い世の中になったと感じるのだ。幾ら性能の優れた製品商品でも機能の殆どは未使用のまま役割を終えるのである。

 如何やら現在のビジネスの基本はマーケティングにありそうだ。良い製品商品とは何かが問われている。顧客(使用者)のその製品商品への価値観は如何にそれを使いこなすかによって決まると言える。使い方を中心にした顧客サービスが決め手になる。高齢化社会では特にキメ細かな説明が不可欠なのである。このことに気が付いている人は多いがそれを実行出来ない。人対人のコミュニケーションの取り方が稚劣なのである。現代は個人が尊重され個々人間の会話は必ずしも多くなくなっている。

 幾らIT機器が充足しマニュアルが充実していても基本は何かと云えば、日本語が正しく話せる、敬語が使える、社会的な常識を理解している・・等の人としての基本を徹底することが第一なのである。

 そう云えば近頃のアナウンサー、キャスター等の日本語のお粗末さは見聴きに堪えない。英語が出来たとしても日本の放送は正しい日本語でして貰いたいものである。視聴者の細やかな願いである。

 今日の株価は一服である。一服した方が相場は長続きする。全体の状況はそれほど好転している訳ではないが今までが余りにも下げ過ぎていた。大まかに言って漸く売る局面から静観する局面、そして買う局面へと移りつつあるように見える。これ以上下げる心配は無くなったことが投資家には嬉しい。

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続・経営ゴコロ-014

便利と安全は共存出来ない

 実を云うとカネは稼ぐことよりも使うことの方が難しいのだ、そうである。これは金持ちにしか分からないことなのだろう。さて今日の株価はヨロヨロしながらも堅調な推移である。年明けから少し様相が変化しているようだ。ドン底を見たものは良くも悪くも腹を括っている。怖いモノはもう何も無い、心境なのである。動き始めれば人は誰しも乗り遅れないようにと構える。本当は此処が思案の為所なのだ。闇雲に追随する訳には行かない。投資の醍醐味はこの辺にあるのだが人の心理とは怖いモノで直ぐ乗せられる。小心者のベテラン投資家としてジックリ行きたい。

 昨今のように目まぐるしい変化下では何ゴトに置いてもつい知らぬうちに渦中に引き込まれる。冷静になれないのだ。だから却って専門家よりも埒外にある庶民の方が的確な判断が出来ることが多くなる。政治、教育などの社会施策は従来型のやり方では行き詰まる。社会の変化の方が早いのである。後追いでは碌な手は打てないのだ。新しい社会ニーズの芽でもそうだ。専門とは畑違いの素人視点で見ないと新しいモノは生まれない。過去からの延長で考える以上に環境変化のスピードが速いと云うことなのである。

 ところで政局が次第に熱気を帯びて来た。本当は上手く片付いて欲しいと思うのだが今の政権に其れは到底期待出来ない。だから混乱することが必要なのである。混乱し如何しようも無くなって解散する、そして新しい形が出来る。其れでも満足の行くモノにはならないだろうがそれでもその方が今の日本には良いのである。震災で日本が苦労している時だからこそ変化するには混乱を避けてはならないのである。

 変化と云うものは平静の内に出来ることはない。混乱が有ってこそ変化出来るのである。濁った水を浚うには攪拌して混ぜ合わせることが避けられないのである。今ほど政治家が信用ならない時代はない。出てくる政策どれもが信頼に足らない。政治家自身が信用されていないためである。政治家の信用とは個人に対する信用とは異なる。政治家として何が出来る人物であるかが問われるのである。悪い奴でも政治手腕があればそれで良いのだ。

 今日の株価は気味悪い程に上昇している。小心者投資家には落ち着かない相場である。ただ企業業績に先が見えて来たことだけは信じても良さそうで、其処へ行くと日本の貿易収支の赤字などは取るに足らない。一時的なモノで直ぐに回復するのが日本国なのである。経済一流、政治は三流、と云うのはこの際信じておきたい。

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続・経営ゴコロ-013

人間は働くように出来ている

 国会が始まって何が起こるのかと見ているが余り期待はしていない。もう解散を待つばかりである。民主党の纏まりも無いし、増税に絡む改革も今一つ不可解な儘である。こんな形で幾ら政治をしてもトテモじゃないが国民の生活が良くなるとは思えない。誰の責任かと問えば其れは国会議員を選んだ国民と云うことになるが、解散して出直す方が良いに決まっている。兎角日本は民主主義が未熟であるとか何とか云われるがそれであるなら尚更のこと何回でも選挙をして正して行けば良いのである。諸外国ではそんな例は無いなどと云っている場合ではない。無ければ日本が先鞭を付ければ良いのである。下手な猿芝居政治はもう止しにして貰いたいのだ。

 楽天が売上高一兆円を突破したそうである。これは時代の変化を良く映していると言える。新しい産業(ビジネスモデル)は新規のビジネスなので時代の変化をそのままに反映出来る。従来からのビジネスではそうは行かない。今までのやり方を変えなければならないからである。その変化が上手く出来ない例が多いのだ。其処へ行くと新規事業は今までの有象無象の仕来たりや悪習を引き摺ることもない。変化が激しい時代は従来からの信用やのれんを活かすことに依存しがちであるが良くも悪くも其処に埋没してしまう。これは弱みにもなるのである。

 既存の小売り業にとっては由々しき問題であるが考えてみれば百貨店、専門店を問わず店売り自体が余り顧客のことを考えていないように見える。時代が変わればサービスの仕方も変わる。どんな風に変わるかはその時その時で異なり、だから同じやり方を続けていては付いて行けなくなっている。顧客の好みは変わる。顧客自体の年齢、職業好み等目まぐるしく変化することを認識していなければならない。だから何時も顧客から目を離してはならないのである。どんな些細な変化でも他店よりも逸速く捉えそれに応える努力が必須と云うことである。

 ネット販売に高齢者の顧客が存外多いと云うことだがそれは正しく従来からの小売り業態に顧客の欲求から見て欠けた部分があったと云うことに他ならない。誰でも、特に高齢者は、店で買いたいと思っているのだが店の対応が今の顧客の好みに合致していないのだ。商品を直に手にして確かめつつ、序にその上手い使い方をも知りたいと思っているのだが、其処までケア出来ている店が無いだけのことである。未だ未だ反省すべきことが多い。しかしそれだけ未だ顧客に受け入れられる未開の余地が有るのだとも言えるのである。

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続・経営ゴコロ-012

時間は何もかも呑み込んで行く

 株式市場の動きがこの所少しばかり変化して来たようである。長い間苦しめられてきた小心者の投資家はそれでもまだ何かある、と半身の構えである。それは仕方がない。出来高が増加したことに望みを繋いで今暫く静観してみよう。学者や評論家の云うことは未だ信ずるには時期尚早である。

 最近の報道番組でしばしば評論家、専門家と称する人たちがコメントしている。全くの素人も居る。しかし立場を考えるとあまり信用するに値しない。考えて見ると官僚上がりが官僚を批判するのは意味なしとはしないが的外れであることが多いのである。ビジネスでもそうだがある会社を評価するにはその取引先であった企業関係者の評価が最も信頼出来る。官僚で云えばその官僚と相対して業務、ビジネスなどをして来た人たちの評価が最も信頼に足ると云う訳である。世の中と云うものはそう云うものなのである。

 ビジネスでもその道の専門家と称する人たちの云うことは大体想像の範囲を出ない。その程度のことが分かっても新しくビジネスを起こす人たちには余り参考にはならない。現代は何事も今まで起こった経験や知識から導き出されることは参考にならないことが多い。想定の範囲でしかモノが見えないからである。想定外のコトはこうして起きるのであるがこれからの世の中は想定外のオンパレードと言える。

 現代は何が有ってもおかしくない時代である。想定外は日常茶飯事に起きる。想定外と云う言葉は辞書から消えるかもしれない。死語になる。

 経済活動は多分に人の心理に基づいている。人の噂、所謂風評は悪いばかりではない。拒絶出来ないモノもある。しからばそれを上手く利用することを考えるしかないのだ。放射能汚染問題等はこの典型で実際の汚染度などは問題ではない。そう云う噂が有ること自体が既に問題なのである。震災ガレキ処理の受け入れなどは幾ら行政が安全であると公表しても今更行政を信じる人などは居ないのである。何かコトがあった時にどういう風に責任を取るのかが明確でない限り誰も他人を信用しない。

 近くで生産された農産物でさえ敬遠、否回避する。他に幾らでも選択肢がある現代では少しでも危険なモノには近づかないのが庶民の生きる知恵なのである。この辺の庶民感覚を行政はもっと知るべきである。

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続・経営ゴコロ-011

複雑な時代こそ思考は簡潔に

 今日、東京に雪が降った。そりゃ雪も降るだろうが厄介者と嫌われる雪が些か気の毒である。何時から日本人は雪を毛嫌いするようになったのであろうか。四季の移り変わりを大切にして来た江戸庶民の情緒ある感性には及びも付かないのが昨今の日本人である。偶に降る雪くらいはもう少し余裕を持って鑑賞したいものである。

 想定外、大飯原発のストレステストは安全であると見做されたそうである。但し保安院に拠ってである。馬鹿げている。身内同士の出来レース結果を真ともに受け取る国民はいない。

 兎に角想定外とは何かをもう少し慎重に検証したら如何であろう。大凡事件、事故と云われるものは全て想定外に起こるものなのである。想定したらその対策を講じている筈である。分かっていてもしない事前手当ても儘あるがそう云う事故は本来事故とは言い難い。普通の成り行きに過ぎないのである。

 事件、事故は起こるもの、それは全て想定外のことである。想定していないから事故や事件になるのである。予め予期して準備万端であれば事故や事件にはならない。日常の出来事なのである。だから事件や事故を防止するには想定外を全て潰すことなのである。

 人は誰でも悪いことは考えたくない。それが次第に自分に都合良いように考えるようになる。嫌なことは誰も避けたいのである。次第に考えることさえもしたくなくなる。結果真ともに準備をしない。だから想定外が起こる。この手の事故、事件は想定外ではなく考えたくないことでしかないのである。

 さてと今日の株価は高い。勿論真因は不明である。株価と云うものは原因が何であるかは余り意味が無い。如何いう原因でも上げれば、下げれば夫々に儲ける人と損する人が出るだけなのである。多くの場合株価は理屈ではない。長期のトレンドにはそれなりの理屈が付く、しかし短期、それは数カ月位であろうが、の動きは理屈より先に動く。これが相場の勢いである。ここ数日の出来高がやや多くなって来た。本格的な上昇の前触れであって欲しいが相場はそんなに甘くない。欧州も、米国も、中国さえも一旦コトあればまた相当に振られることになる。上げを興味深く見ながら慎重に行きたい。

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続・経営ゴコロ-010

勝手気儘は何処まで持つ

 地中海での豪華客船座礁には驚かされた。何が驚いたかと云えば船長の行為顛末である。流石はラテン民族のすることは何処までも堂に入っている。避難民を差し置いて現場から逃げ出すのである。東洋人の真ともな人なら決してすることの無い行動である。この発想から云えば南欧の債務問題も何やら理解出来そうな気がする。

 ダルビッシュがレンジャーズと契約したそうである。それはそれで結構なこと、日本の野球が益々世界に馴染みのあるものになって行くのは喜ばしい。不可解なのは日本の報道の取り上げ方である。何処かの新聞社が号外を出していたが其れ程のモノなのか疑問である。他に碌なニュースが無かった違いない。世間の人気に乗るよりも生活に必要な記事をもう少し掘り下げて報道して欲しいものである。野球の選手が何処で如何しようと取り敢えず国民生活に関係は無いのだ。

 もう一つ、大学病院に患者が集中し過ぎるからハンディを付けて値を上げさせようと中医協が提言しているそうである。これもおかしな提言である。と云うより余計な御世話だ。こういう組織は何かとセセ喰っていなければ気が済まない連中のようである。医療と云えども自由競争である。何か不都合なことが有るからなのだろうが自由競争の原則を曲げてしまうと結局は高いモノについてしまうことを弁えていない。医療の専門家は所詮経営のことは無知なのである。経営計算は中学生か高校生並みと言って良かろう。地方と都会、貧と富などの格差も簡単に原則を曲げようとする輩は何処にでも居るようだ。

 ところで今日の株価は上昇した。久しぶりに上昇した気分だがこんな程度で喜んではいられない。それどころか嵐の前の静けさとも見られる。怖いことである。

 サブプライムローン問題に発した欧州信用不安によって欧州投資家が日本への投資から引いてしまったことにある。需給がひっ迫してしまったのである。日本市場は元々6~7割を海外投資家に支えられている状態である。海外の投資家如何で上げ下げが決まるのである。

 何れにしても出来高が増加しないことにはとてもこの上昇を信用出来ない。明けても暮れても欧州、欧州・・であるが米国、中国の景気に期待するしかなさそうである。

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